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潜在意識、引き寄せの法則、セドナメソッド、108、ザ・チケット、マネーゲームなど

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潜在意識メソッドの共通点を見ることで核心に迫る

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潜在意識メソッドの共通点を見ることで核心に迫るスレ - 1394723910 - 潜在意識ちゃんねる

 

1 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 00:18:30 id:ZwCl27so0

セドナメソッド
オポノポノ
自愛
アファメーション
自己観察
「なる」

などなど・・・たくさんのメソッドがありますが
言ってる事が全部繋がるように思えます。

3 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 00:31:33 id:ZwCl27so0

まず、セドナやオポノポノのクリアリングメソッドは
とにかく効果ある人とない人の差が激しいと感じました。
オポノポノの指導者であるヒューレン先生は「ただ唱えるだけでいい」とおっしゃっていますが、
それだけならセミナーなんかいらないし、まず効果ないなんていう人が出るはずないと思うのです。

言霊もそうですが、「言葉には力がない」と思っています。
その言葉を発したときに出る波動やらが力を持つんだと思います。
するとオポノポノも「ありがとう」と言っている時の自分の状態次第だと思います。

この自分の状態に焦点を合わせると、「なる」が共通しているとまず気づきました。

6 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 08:35:01 id:ZwCl27so0

イメージングで引き寄せようとしている人(引き寄せの法則をメソッドとして実践している人)も、
すぐ叶う人と叶わない人の差が激しいです。

前者は「これすれば本当に叶うんだラッキー」と案外短絡的に思える人がやった場合だったり、
願ったことを放っておけるような差し迫った願望でもない場合が多いです。

それに比べて中々叶わないと嘆いている方は「そんなこと本当はないでしょ」といった
猜疑心の方が勝っていたり、「今すぐ何とかしないとヤバイ」といった焦りをとても感じます。

焦りに関しては「イメージングすれば叶う」と心の底から信頼できていれば
この法則の知識を得ただけで焦りなんて吹き飛びます。
叶うのですから、焦る必要がありません。
結局は潜在意識の存在を疑っていることになります。これも自分の状態次第といえます。

これもオポノポノ、なる、イメージングの共通部分です。

10 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 10:39:14 id:ZwCl27so0

アファメーションも同じことがいえると思います。
そこで、よく泥沼に陥る人のブロックと言うのが詰まるところ
「潜在意識に対する疑い」になると思います。=「自分にはそんな力無いし」

ここから込み入った話になるのですが、
ブロックをはずす方法は主にクレンジングメソッド系(セドナ、オポノポノなど)を
使われている方が多いと思いますが、これも「消えてるのかな」と疑ったら効果ないと思われます。

また、一生懸命メソッドしている人の「状態」は
「私はいっぱいクリーニングや解放するべきことがある人間なんだわ」という状態であるといえます。
そしたらやはり記憶に追われた世界を引き寄せるんですよね。

一生懸命クレンジングやっても効果が出ないのはこの二点の落とし穴にはまっています。
つまりこれも今の「自分の状態」が関わってきます。

16 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 14:10:58 id:ZwCl27so0

少し観点を変えます。
上で言ってますように「そのときの自分の状態」が要ということと
結果的に繋がるんですが、一端置きます。

そもそも、色々なスレを見て思うのですが、
「これが叶ったら幸せになる」とソコだけは潜在意識の想像以上に
確信を持っていらっしゃる方がいるのですが、何故そこは疑わないのでしょう。

「本当にその人と結婚したら幸せになれる?」
「本当に1億すぐに目の前に出てきたら幸せになれる?」

もちろん、今それが叶ったとして、その時点は幸せになれます。
幸せというより刺激や達成感ですかね。
ただ、一年後を想像したら確信持てるでしょうか。
可能性は無限大です。
離婚することになるかも知れません。
その一億円使って何かしたら大損して借金抱えているかもしれません。

今自分で決め付けている幸せの条件には、とても予想の限界があります。

そこの順序を全く覆すことを実はメソッド望んでいるように思えます。
注意深く読んでいくとどれも「幸せが先=現象が後」を結果的に示唆しています。

21 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 15:37:07 id:ZwCl27so0

果たして幸せに生きている皆が皆、クレンジングメソッドを使っているか?
といったらそうではない人もいるのが事実です。

まず「自己観察」「瞑想」についてです。

クレンジングメソッド系にはお決まりの「解放」「クリーニング」という概念があります
『自分の中にいらない観念や記憶があるからお掃除しましょう!
 それを取り除かない限り同じ現象を味わいますよー!』

まるで私たちの潜在意識が汚れているようなニュアンスを醸しています。

しかし自己観察と瞑想はお掃除しません。ただ気づくだけです。
不安が沸き起こったら眺める(自己観察)、呼吸に集中すれば自我はおとなしくなり平和は訪れる(瞑想)

この二つ、共通しているのは
「何か沸き起こったものは放っておけばいいじゃないか。」です。

「私たちの中の記憶や観念を消去しないと幸せになれない」は
クレンジングを信じすぎたために新しい足かせを自分に作っている状態になります。
ただ、この考えはクレンジングに取り組む際とても入りやすく、ありがたいストーリーではあります。

クレンジングさえすれば現実が好転すると思えるのですから、
一生懸命取り組むモチベーションは高まりますよね。

22 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 15:55:30 id:ZwCl27so0

続きです。では、クレンジングメソッド系と自己観察や瞑想の共通点は何かというと
「今、心地よくなる」になります。

「あー嫌だなぁ」「辛いなぁ」といったネガティブな感情について、少し補足しておきます。
感情はただのエネルギーだという見解があります。つまり感じたってその後の影響は特にないと。
しかしクレンジングメソッドとイメージングを掛持ち(?)している人は

「ネガティブなエネルギーを感じると引き寄せてしまう!」

と思うので(当たり前の発想です)クレンジングに抵抗を持ってしまいます。
ただ、そこが落とし穴なのです。お分かりの通り、新しく自分で観念を作っているのです。
結果ネガティブなエネルギーを持っていると本当に嫌なことが起こるのです。

「テストの結果良くないだろうなぁってあらかじめ落ち込んでいたほうが実際良い結果になること多いんだよね」

という、たまに聞くセリフがネガティブ感情がただのエネルギーであり、
その後の結果は自分の意味づけ次第であるということがわかります。
積極的に感じると、本当に消えます。エネルギーですから。

29 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/14(金) 17:09:38 id:ZwCl27so0

続きです。
次に「なる」「既にある」を見ていきます。とても似ているこの二つ。

「なる」は、<もう願望を叶えた自分になってしまえば現象は自ずと付いて来る>
「既にある」は<既にあるのだから意図さえ取り下げなければ叶わないわけがない>

が主なスタンスだと思いますが、こちらも「自己観察」「瞑想」と同じように
沸いてきたものは気にしていません。放っておいているだけです。
しかもさらに強力です。

なる→【もうその自分になってるんだから、現象化とか気にしないはずだろう?】
既にある→【もう叶うってわかってるなら、現象化とか気にする必要もないだろう?】

このスタンスを本気で取ろうとするならば、いちいち現象化を気にするのは確かにおかしいです。
わかりやすく恋愛で例えてみます。

「なる」→「彼女がいる自分になってる」なら彼女は本当にいるか確認することなんてしたら謎ですよね。
いるんですから。それより街中で綺麗なアクセサリー見つけたら「クリスマスプレゼントは
こういうのが良いよなぁ」とかいう発想になりますよね。

「既にある」→「既に彼女がいることが約束されている」なら本当に、
今後彼女が出来るんだろうかと心配していたら謎ですよね。それより街中で(ry

どうしたらこんなこと信じられるのか!
実際今隣に彼女いないのに!

とまぁ・・・知識ゼロでいきなりこのメソッドいける猛者は中々いないのでは・・・
ただ、信じられる人たちには共通した概念があります。

『現実は幻想』

「今は過去」という人もいますね。
現実はただ自分の信念が映し出されているだけなんだと。
「現実は心の映写機」とよく言われているやつです。

上記で例えるなら、今まで「彼女いない」って思ってたんだから、
そんな現象が繰り広げられてても仕方がないよ!
今から彼女いる自分にしちゃえばそれが今後現実に映し出されるよ!ということです。
これが腹に落ちればススっと「なる」も「既にある」もできます。

この「現実は幻想」の概念は実は全てのメソッドに必要な概念です。
概念と言うか本質です。

34 名前:1 投稿日:2014/03/14(金) 22:27:27 id:bQC9SEx.0

>>21で書いた、「モチベーションは高まりますよね」というのは、一番最初の取っ掛かりのことです。
最初本を手にとって知識を入れた瞬間は全能感に包まれて、どんどん解放していこう!って気になりますよね。
この意味で解放へのモチベーションは高まりますよね。

そして月日は流れ・・・「現実が動いていない!でも解放やめたらもう希望もなくなってしまう。
この状態が続くことは絶対やだ!」といった気持ちから、「解放するのに疲れているのにやる。」
といった純粋なモチベーションではなくなっているのです。

まず、メソッドにおいてモチベーションを自分であげることはありえないと思ってください。
解放はしたとき気持ちいいからするのであって、「しなきゃ」というネガティブな気持ちになったら
この瞬間に「不足」を生み出しています。しかし、ある意味チャンスです。
よく言われている「ネガティブアラーム」が作動しているんです。

『そのスタンスは間違った方向に進んでるよ!』

と教えてくれているのです。
メソッドが辛くなったらそのメソッド疑うチャンスです。

35 名前:1 投稿日:2014/03/14(金) 23:08:39 id:ZwCl27so0

上と合わせると、とてもいいタイミングで次のメソッドを見ていけそうです。
「自愛」についてです。これは実はとても万能で、他のメソッドの全てをカバーできます。
>>34でネガティブアラームの話をしましたが、そこにも落とし穴が潜んでいます。

「間違った方向に進んでしまった。私ってやっぱりダメだなぁ・・・」

と、思ってしまうのです。
私たちは大抵、正解が一つしかない試験を学校でたくさん経験してきました。
間違えるたびに点数は下がり、それは教育上悪いこととなっています。
躾も決められたこと以外のことをすれば怒られます。

そんな正解(といわれているもの)以外のことをすると自分を責めますよね。または罪悪感に襲われますよね。
あまりにも正しい、正しくないに左右されるように心が形成されているといっても過言ではありません。
そんな観念をこの場にも持ってきてしまうのです。

「感情は湧いたら蓋をせずきちんと解放しましょう」→「あぁさっきあの人の前でつい感情を抑えてしまった。」

「自分の心の声を聴きましょう」→「会社にいる間なんてそんなこと思い出してる暇もなかったよ
・・・あぁ、心を無視してしまった。自分を大切にしてないな。何やってるんだ俺」

といったように、メソッドの指南に対して不適切なことをしたら
罪悪感や自分を責める方向に向かってしまうことが本当に多いと思います。

ここで自愛が他のメソッドとちょっと違うのは、
そんな正解とされていること以外のことをやってしまった自分を全てを包みます。
「それでもいいよ」と。

まさに罪悪感や自分への怒りの状態で満たされようとしている
今この瞬間を「愛」に変えてしまいます。

「人の前じゃ感情抑えちゃうときもあるよねー」
「会社行ったら自分の心に耳傾けるの忘れちゃうときくらいあるよな」

自愛を進めているであろう人が「ほらだからそういう時自愛しなきゃ!」
というように言っているのを見ますが、本当の自愛は
「自愛すべきであろうときに自愛できなかった自分でもいいや」なのです。
自愛してなくて注意されることはありえません。ぜーんぶOKなのですから。

前々から出てきております「今の自分の状態」を愛に変えてくれる強力なメソッドなのは確かです。

36 名前:1 投稿日:2014/03/14(金) 23:59:41 id:ZwCl27so0

一応念のためですが、いくら全てOKでも、ネガティブアラームが作動しているということは認めて
メソッドに取り組む姿勢を見直したほうがいいと潜在意識が教えてくれています。
間違った方向に進んでしまった自分を責める必要は全くありませんが、
せっかくのネガティブアラームの言っていることは真実です。
「悪」は存在しませんが、確実に潜在意識を信頼するための「正しい姿勢」は存在します。

40 名前:1 投稿日:2014/03/15(土) 13:53:19 ID:9UslYXJY0

>>16の話題、今後私が書くことの末路は必ずそこに帰着しますので、
小出しにメソッドの説明しているのは伏線だと思って読んでいただけるとより読み易くなるかなと思います。

41 名前:1 投稿日:2014/03/15(土) 15:49:53 ID:9UslYXJY0

ここではメソッドのアドバイスやその他行動を指南をすることは
少しスレから外れてしまうかなと思っているのですが、
期間限定ですし、どうしてもこれだけは言わせてください。
スピンオフ企画ということで。

『花粉症はとても潜在意識の実験にもってこいの課題ですよ!』

よく指南されている方は「大きいこと(今すぐ叶えたいこと)から始めずに、
小さなことから取り組みましょう。」といいますが、とても有効だと思われます。
花粉症で苦しんでいる方がいる中、小さなことというのは失礼かと思いますが・・・
正直「潜在意識の実戦」という観点から見ると願望の重要度が軽度です。なぜなら

・治さなくてはいけない病ではない→
「まぁいいか。皆なってるし、この季節だけ我慢しよ」
といった期間限定+病に対して違和感、恐怖感がゼロに近い

・次の日予定があっても熱とは違うので参加or出勤はできる病。→
「月曜までに治さなくてはー!」といった期限に迫られる焦りがない

小さな願望の特徴は「まぁそうならなくてもいいや」+「いつでもいいや」です。
なので花粉症は大半の人が「私花粉症なんだよねー」というように、
いい意味で諦めているのでとってもいい材料です。
治すことに対して執着が薄いです。治そうなんて発想もないかもしれませんね。

これに今まで得たメソッドをフル応用です。

クレンジング系→「花粉症」という記憶をクリーニング、
「春がきたら私は花粉症になる」という観念を手放す
(※クレンジングした後はその後すぐ別のことに取り組むことがコツ)

なる系→「オレ花粉症じゃないし!」
(※ちなみにくしゃみをしても、花粉症じゃない人にとっては「ただくしゃみを今した」になります)

を【遊び心】でやってみてはどうでしょうか。
私は毎日会う、ある人に実験させました。その人は「なる」でやってました。

その人はまず周りの人に「花粉症持ってないんだよねー」と言いっていました。
しかし実際鼻水が出るので、周りからは「花粉症じゃん!」と言われていました。
それでも「いや、ただ鼻水でただけでしょ」と言っていました。

本当に3、4日後、スッキリしているように見えたので尋ねたら
「あぁ、そういやそんな取り組みもしてたね。徐々に症状でなくなったから、それすら忘れてたよ」といわれました。

一年後その人にまた新しく春がきましたが、特別この時期だから、といった症状はないそうです。

この企画自体が言葉の綾みたいになってしまっているのですが、私は決して、
ただ単に「花粉症を治そう」と言っているわけではありません。
ここはすごく伝えたい且つ複雑なところなのですが、
「潜在意識の力があることを知って欲しい」だけなのです。

行動を指南されている方たちも本当はその人の「復縁」の成功が嬉しいのではなく
「潜在意識を信頼できた」ことに喜んでいるのだと思います。
メソッドのすごさを実感するのではなくて「私には測り知れないものが、働いている」
この収穫が出来たことが大事です。

最後に、何かに取り組んだ後、なにも無いと感じたら潜在意識を信じるの辞めてみたらどうでしょうか。
メソッドに取り組んでいると「潜在意識を信じなきゃ」という思いに駆られることは多いですが、
どっぷり浸っていると自分は特別な取り組みを敢えてしていることを忘れがちです。
周りの人は何も意識せず過ごしていますから。

大事なのは「私は敢えて潜在意識を信じたいんだ」という心です。
別に信じず物理的に行動したって構わないのです。

お金が欲しかったら稼げば良いです。病気なら病院行けばいいのです。
「自分で行動した方が良いんじゃないか」という葛藤がメソッドの邪魔をします。
「自分の力には限界がある」というのを一端、骨の髄まで感じるというのはとても有効です。
きっと潜在意識を本気で信じたいと思っている人は、辞めても結局戻ります。
「なぁーんだ稼いだ方が早い!」という人はそのままで突っ走って良いんです。

昔から潜在意識を知っている人より、今まで全く知らなかった人が大きな挫折によってストーンと
腹に落とせることがよくあるのは、その人は「サレンダー(よく耳にする人は多いんじゃないでしょうか)」したのです。
自分の思考は無力だと降伏したのです。
ここのところ、頭の片隅に置いておいても悪くないんじゃないかと思います。

以上スピンオフ終わりにします。

 

43 :1:2014/03/15(土) 19:37:05 ID:9UslYXJY0

>>39拝見しました。質問に答える形にはなっていませんが、38さんを意識しつつまた淡々と続きを書いていきます。

次は「既にある」の意図についてみていきたいと思います。
結論から申しますと、クレンジング系メソッドは実は意図することと一緒です。

その前に、「当たり前のこと」「絶対約束されていること」を疑うとはどんな感じか具体例です。

「今日太陽が沈むかな」

これをいちいち空見て確認することと同じなんです。

もっと実感が湧く言い方をすれば、

「明日7時に会おうね!」と遊ぶ約束をした友人に何度も「明日本当に来るの?」と電話で確認しているのと一緒です。このとき明らか確認している側の心は「どーせこないでしょ」という気持ちで満たされているのは明らかですよね。

では本題に入ります。

オポノポノによくある落とし穴に、「現実が変わるまでクリーニングする」というものが挙げられます。

嫌な現実→「この現実を映し出している記憶を消去します。愛しています」→現実確認→変わらないってことは消去が足らないのね→「この現実を映し出している(ry

実はオポノポノは記憶を消去することを意図しているんです。

なので、「記憶が消される」と意図した後にすべきことは、「既にある」と同じく、確認せず、他のことに取り組むことになります。この後記憶が消去されて現実が改善されるのがわかっていたら、目の前のことをする以外することありません。

この視点から見ると「なる」にもオポノポノと同じ落とし穴があります。
自分に不満→「理想の自分になる」をする→鏡(現実)で確認→変わっていない→変わるまで「理想の自分になる」をする・・・・

理想の自分になったのだから、もう「なって」ます。あえて「理想の自分」を振舞おうとするのは「不満な自分」がすることです。「理想の自分は何してますか?今この瞬間」という質問が効果的です。おそらく目の前のことに集中しているだけです。テレビだったり、洋服買ったり・・・決して「なる」を実戦しようと意気込んでいません。

結局「なる」=「既にある」=オポノポノ=意図=一回メソッドしたら後は目の前のことに集中
になります。

【強固な願望】への取り組みについて、指南にならない程度にメソッドの有効性をこの後書きたいと思います。

 

47 :1:2014/03/16(日) 09:51:28 ID:L/Rbmzqo0

【強固な願望(不安)】についての前に一言(結局長くなってます)

左脳全開フルパワーでいかないとこんがらがるかもしれません。

「体験すれば一瞬でわかる」「感覚なんだよね」という言葉は耳タコだと思います。
こんなに右脳的な感覚が重視されている中で敢えて左脳使います。

 潜在意識を完全に信じることに「バンジージャンプを飛ぶ」という表現がありました。
不安で怖いけれどやってみるってことです。完全にゴムひも(潜在意識)を信頼するということです。死活問題ですから臨場感あってとてもいい表現です。
まさに左脳理解というのはバンジージャンプを飛ぶまでに安心できるまでいかにゴム性能を知るかってことです。

文章を何度も読んでいたらさすがに嫌でもサブリミナル効果発動します。
恐らく何らかの潜在意識の第一歩を踏んだときの自分より現在の方が「潜在意識ってすごく日常に影響を与えるかも」という気持ちになっているのではないでしょうか。完璧ではないけれども白から黒にどんどん色濃くなっていると思います。

 今日までの長い文章を飽きることなくここまで読み続けてくださっている人は、少しずつでも実戦を試みていて、基礎知識もほぼ飽和状態である人だと断言できます。そうでなくては、さらっと見ただけで「手っ取り早くないな、読むの大変だから辞めよう」となりますからね。

では左脳の準備をよろしくお願いします。

 

53 :1:2014/03/16(日) 12:11:12 ID:L/Rbmzqo0

>>47
補足ですが、私は左脳理解が「良い」とも思っていません。すぐ感覚でいけたら、もしくは文章読んでいる途中に何か気づいたならば、もう読まなくても全然かまいません。またおや?となったら覗いてみてくだされば。
 もう八方塞がりだという人に「では一回左脳でとことん一周回るとどうなるか」を淡々と書いているので。どんなに左脳使っても結局たどり着くとこは>>16です。

【強固な願望(不安)について】


本題に入ります。前々から叶えたかったものこそ、いざ叶ったときの人の反応が、「あー叶ったわー」もしくは「気づいたら叶ってたな」といったあっけらかんとしたものが多いのが不思議に思いませんか。
前回、意図した後に一回他のことに集中。と書きましたがこの後の病気が治った例↓を見ていくとその理由がわかるかと思います。

原因不明の腹痛に一週間以上悩まされている人がいました。
治らない苛立ちと、隠された大病ではないのかという不安に襲われていました。以下これら不安要素を★とします。

★に対してクリーニング(意図したら他のこと集中)→しかし1分後湧きあがる★→ ★に対してクリーニング→3分後に湧きあがる★→ ★に対してクリーニング→10分後に湧きあがる★→クリーニング→30分後に湧きあがる★→クリーニング→1時間後に★・・・→2時間後★・・・その間に友人からフットサルに誘われる→腹痛もちなんだよなと頭の片隅にはあるが、今は元気なのでついフットサルしてしまう→フットサル後にあれ、腹痛どこいった?まぁいっか。

       完

非常に簡潔な例ですが(実話です)強固なものは分割して意識をそらせばそのそらした時間は「なっている」んです。理想に。(「なる」を具体的に上記に応用するなら「私は元気」にします。)
すごく微妙なとこですが、上記の例は「現実を疑っている」「変化現れるまでメソッド」とは少し違うのがわかりますか。
波動という言葉を使うならば、完全にそのことに気をとられていないのですから理想の自分と波動は「完全に一致」です。すると、その後理想の自分にあった現実が少しずつ引き寄せられていきます。
上記なら、気にしていない時間の量がまず与えられて、現実的にフットサルに誘われて、行きたくなって・・・・こういった感じです。意識していない時間というのは実は立派な現象化です。さらに行きたくなるといった欲も立派な現象化です。

 理想の容姿に「なった」ならばなった分だけ(意識しなかった分だけ)周りの人、最初は一人に「最近爽やかだね」といわれ、あぁ爽やかなと少し思えてくる。すると今まで面倒だったはずが自然と髪を切りにいきたくなる。そうすればさらに「爽やかになったね」と言われることが多くなる。・・・・
本当に最初は微々たる物かもしれませんが、意図さえ取り下げずにいたらどんどん集まってくるはずなのが、左脳的見解です。
叶った自分が100%ならば一歩手前は90%です。
「叶った!叶ってない!」ではなく、グラデーションのようになっていくので100%のときは「あー叶ってたのね」という反応になるのは当然です。

たまに「一瞬にして大金得たぞー!!」という反応を見かけますが、(後々に繋がるのですが)、波動的には大金得て喜ぶのは欠乏意識があるからなので、その後また同じような欠乏を味わうケースが多いです。

また続きます。

 

55 :幸せな名無しさん:2014/03/16(日) 13:49:06 id:Y64EtunQ0

>>53さん
詳しくレスありがとう。
とても参考になります。

それと、ちょっと聞きたいことがあります。

>>たまに「一瞬にして大金得たぞー!!」という反応を見かけますが、(後々に繋がるのですが)、波動的には大金得て喜ぶのは欠乏意識があるからなので、その後また同じような欠乏を味わうケースが多いです。

確かに喜びの裏に欠乏があるのはわかります。
例えばPS4を欲しい少年がいます。そして彼がPS4を貰ったとします。
当然彼は喜びます。
けど、数日経つと彼の中には貰った時の喜びが薄れ、また欠乏が生まれます。
今度はゲームソフトが欲しいと。

確かに通常通りであれば、喜びと欠乏はセットだと思います。
けど、喜びは喜びだし、欠乏は欠乏。ここは本来セットじゃないと思うんですよね。

さっきと別の例をあげると
PS4が欲しい青年がいます。
彼は先ほどの少年と違い、なるというメソッドを使います。
当然PS4が欲しいという願望を叶えたいがために、シフトしたわけではありません。

「ただ俺はシフトしたいからしたんだ!」
的な心情です。
そして、その瞬間から彼はPS4をもった彼になります。
けど、当然その場所にいきなりPS4が表れるわけではありません。
なので、特に喜びもありません。
けど、欠乏もありません。
既にあるからです。

そして彼はいつもと変わらずに生活を送ります。
そうしている内のある日。とんでもないところからPS4が表れました。
既にあるのを知っていたけれど、当然彼は喜びます。
まあそれで、そうして数日経つと、彼も少年と同じでソフトが欲しくなります。
けど、彼は少年と違ってソフトを欲しいとは思いません。
なぜなら、既にあるからです。
なので彼には喜びと欠乏はセットではありません。


それで私が言いたいのは、喜びと欠乏は必ずしもセットではないと。
ただ、ないからの前提からだから、喜びの後に欠乏が生まれるんだと思います。
間違ってたら申し訳ないです。

これについては、1さんがこの後のレスで触れるのであれば、無視していただいて構いません。

 

70 :1:2014/03/16(日) 23:50:46 ID:L/Rbmzqo0

全て拝見しておりますが、指南はしませんので引き続き文章を書いていきます。
ただ、今までの補足を今回します。
質問によって書き忘れたことに気づくので感謝しています。

以下、抜けていると思ったことを書いていきます。
もし質問の答が見あたらなければ既に書いてあるか、今後書きます。
ちなみにいろいろな方が切り札におっしゃっていることに「自分の心に聞く」「自分の心に質問を投げかける」があります。
見落としがちですが究極な願望です。
これはつまり、「潜在意識ってこういうことか!」という境地に至ることを意図しています。理解した自分に「なる」です。

では補足文章に入ります。

メソッドに疲れることは、本来ありえません。ネガティブアラームです。メソッドが現実の目的に摩り替っています。いろんな人もあちこちで口酸っぱく言っているように見えますが・・・中々難しいとこだとは本当に思います。

純粋そうな可愛いしぐさをしているようにみえて「こうしていると男は引っかかり易いから純粋な可愛いしぐさをする」という、性根は魔性の女フル状態です。魔性が悪いわけではありません。魔性的な女性にぴったりな男性がやってくるというだけです。

本来メソッドは「今この瞬間を気持ちよくする(不足を忘れる)」のために存在しているんです。(今後詳しく書きます。)
 メソッドは帰着点は同じですがそれぞれ独自のストーリーを持っており、それを信じることによって効果を引き出そうとしていますので、分析すると効果なくなるといった功罪はありえます。それを承知で今後読んでいただければと思います。


理想の自分の行動は本当はただ一つです。
「理想の自分を考えていない」これにつきます。
理想の自分だって時に落ち込むと思います。「好みじゃない」と言われることもあると思います。ただ、絶対に「理想の自分は・・・」と確認しながら生きることだけはしません。断言します。ただフツーに過ごしています。自分の位置も同様です。腹痛の件ですが、腹痛も自分は今どれくらい治っているのか、後どれくらいで治るのか・・・など考えていません。何しているのかというと、忘れているのです。
しかし恐らく次に「理想の自分はフツーのことなんてしていないはず!もっとバリバリ仕事できて世界を飛び回り・・・」といったような気持ちになると思います。ここが複雑だったのだろうと思います。
よく考えてみます。理想の自分は毎日バリバリ仕事できて世界に飛び回っているんですよね・・・当たり前のことなんですよね・・・そしたらそれはもうフツーに過ごしていませんか?今ここでフツーに目の前のことを淡々とこなしているのと波動は完全に一致です。

最後に、今後書きますと言いましたが、欠乏意識>>53については私はどういう意味で言ったかだけ長くなるのでほんの少しだけですが書きます。(結局長くなります。)単語には人の数だけ認識があるのここは特に補足必要でした。
実はこれオポノポノやセドナのの「良いことも積極的に解放しましょう」という謎な発言の解明に繋がるんですがそれはまた後日で。

>>55のPS4で直接説明します。

>既にあるのは知っていたけれど、当然彼は喜びます

彼は何故喜んだのでしょう。既にあるのはわかっているのに。
一つに、本当に「既にあるんだ!」が実感できたからではないでしょうか。
仮に、チチンプイプイと唱えてすぐ出てきたら>>55の時の彼より喜ぶでしょうか。
二つに、既に手にしていたなら、また新たにPS4が出てきても「ダブった・・・」になります。PS4を手にしていない状態が存在しないと嬉しさは湧いてこれないはずなんです。さらに言えばPS4で今まで遊べなかった思いがあるからこそです。

・・・といった用語で言うなら「両極性の法則」を私は「欠乏意識」に含ませて言っていました。

補足終了です。

補足じゃなくなってしまう量になりました。これぞ左脳です。

質問がなければこれらの説明が文章に出ることはなかったです。

現実の幻想については今後書きます。

 

79 :1:2014/03/17(月) 10:45:49 id:pgRuSjvM0
これはどこに入れても良いので今書いてしまいます。

「瞑想」についてです。

必ずといって良いほど、指南されている方たちは瞑想を勧められています。
しかし瞑想しても実際何も変わらないため続かない人は多いと思います。もしくは上手く瞑想できているのか不安だったりと。
瞑想の目的は「真の自分と会うこと」、「真の平和を知ること」、「何も起きていないんだというのを知ること」と様々な方がおっしゃっていますが、「真の自分ってどこ?」、「平和なんて感じられなかった現に今・・・」「え、起きてるよやっぱ悲惨なことがほら」となるのが大抵だと思われます。
瞑想の目的を左脳的に言い方変えるならば、「本当に思考が不足を生み出していただけなんだということを身体を通して知る。」になります。
本当に瞑想の威力を知るときは、すごくネガティブな感情が襲ったときこそにあります。そのとき瞑想が本来どおり出来ていたならば心臓に注目すると、答を得られます。
ちなみに肉体はいつも身近にありますが、これこそ潜在意識の広報部です。
自分では気づかなくてもストレスがたまっていたら身体は教えてくれますし、緊張していないと頭で考えていても実際手には湿っています。
これを頭に入れつつ話を戻しますと、心臓はネガティブエネルギー満載のときはバクバクしてますよね。しかし、瞑想をして思考を止まらせると治まってきます。ネガティブなはずなのに平穏な自分の時の状態と身体(潜在意識の状態)は完全に一致です。これが何も起きていないと言われる何よりもの証拠です。(←セリフ、もちろん納得出来ないのは承知ですが今はここまでで)

瞑想と言うとアロマたいて神秘的な音楽聴いて・・・または、あぐらをかいて静かな部屋で・・・といった映像をイメージされる方が多いかと思いますが、機会は日常生活にごろごろ転がっています。実際いろいろセッティングして時間もたっぷり設けた後ですと、収穫が得られた感じがしなかった場合、時間を浪費した罪悪感に襲われ易いです。
また共通点を見ればわかってくるのですが、瞑想のコツに「階段を一歩一歩降りるように」「呼吸に集中」「数を数える」などありますが・・・つまり段階(←階段ではありませんよ)を追っていくことを目的としています。
行動する瞑想で挙げられ易いのが写経ですが、ただ文字を書くだけですといつの間にか頭の中は過去か未来にいきがちです。
文字を書く。それもひとまず目の前の一字を。もっと言うと例えば人偏(部首の)ならば最初の「ノ」を書いている最中目で追っていく勢いで。
そう考えると洗濯中も一枚一枚洗濯ばさみに挟まれるまで段階を追っていく・・・食器の泡が流れていくのを見届ける・・・これが瞑想にとても近いスタンスになります。

瞑想したから云々・・というよりメソッドする前の準備運動向きかなと思います。もちろん思考を止めた時間だけ現実は見えないところでちゃくちゃくと動いているんですけれども。

感情を感じきるについて>>22の具体的な説明である「蓋について」を書こうと思います。

 

91 :1:2014/03/17(月) 19:26:58 id:pgRuSjvM0
「蓋について」

罪悪感など不快な症状が出たら感じつくすという表現が挙がっていますが、今回は感情と観念の違いについて見ていきつつ、何が俗に言う「蓋をする」になっているのか注意深く探っていきます。これはメソッドの兼用が生まれる理由も同時にわかります。

はっきり言いますと・・・
論理的に考えれば感情と観念は違うものです。
すごく似ているので一緒だという前提で取り扱っているメソッドもあります。
繊細なところなんですが・・・

よく、セドナだけだといまいちだった人が「あとは問題まるごとオポノポノでクリーニングしました」と書いてあることがあります。セドナだけで良いはずのところオポノポノも使うと。明らか本人にとって役割が違うことを示しています。本来のセドナの有効性を発揮できているならオポノポノはいりません。
上記のような発言をされている方は無意識に「セドナは感情の処理」「オポノポノは記憶の処理」と分けています。

まず「記憶」と言うものの解釈を説明します。
「記憶」は他の言葉に直すならばニュアンスは違えど「観念」です。
例えば。
「上司」という単語を意識したとき胸が嫌な気分でざわついた人は上司にいじめられた経験があったり、テレビや人の話で上司とは嫌なものだという情報を得たり・・・「上司=嫌なもの」の観念(体験の記憶)を自然と内在化していたのです。

反対に、上司と恋に落ちた人は上司と言う言葉を聞いて、嫌だなというものよりも違う意味で胸がざわついたと思います。「上司=素敵な人」みたいな観念というところでしょうか。たった一人のサンプルで、観念はいくらでも生まれます。
よく男性の場合、父親との関係は上司の関係に影響すると心理学でいわれていますが、「自分の上に立つもの」を身近に経験するのは父親ですから、いろいろと「権威」に対して父親との経験を感じさせてくれるような人を自分で引き寄せているんです。(もちろん生きてきた中で観念はころころ変わる(変えることができる)ので一概に言えませんが。)

よって記憶をクリーニングするとは、そのものにまつわる自分の観念(体験の記憶)を消すということです。セドナも観念の解放があるので、本当はそれでOKです。

さて、感情ですが。セドナは即効性があると謳われているのでオポノポノより入っていける方が多いかと思います。同じクレンジングという言葉ですが即効性と感じられているのは今その感情の解放を実感できているからです。気分がすっと楽になった気持ちが即効性があると感じられている所以です。
このときは本来何も起こっていませんが、ネガティブエネルギーに支配されて「ネガティブな私はいけないわ」「やばい!ネガティブ引き寄せるぞ・・・」という本当に現実を動かせる観念が働き出すのです。再度申しますがエネルギーを感じること自体は現実を動かす力はありません。そのあと「でもうまくいっちゃうんだよね私」で平和解決です。なので、エネルギーは積極的に感じると消える性質だとわかれば、あまりにひどい感情(エネルギー)が襲ってきた時は感じたほうがいいという見解になります。

蓋という言葉は観念には使えません。エネルギーに使うのです。
付き合える不安に押しつぶされそうなときというは、最初にふとよぎった不安という感情エネルギーを蓋しているため、まるで冷蔵庫(心の中)に入れたご飯が外どんどん腐って悪臭を放つような状態と同じになっているのです。
観念の解放は後で落ち着いてから、イメージングや「なる」をすれば良いのです。もちろんオポノポノの記憶のクリーニングもこの段階のほうが有効ということになります。

ちなみにその観念と感情の違いの複雑さによって、感情の手放しが感情の蓋になっていることが多いです。感情を感じきることに抵抗があるとどうしても「この悲しい気持ちを解放します」が心の中では「この悲しい気持ちとっととうせろー」に摩り替わってしまうのです。セドナをする事で感情に蓋をするという皮肉なことが起きるのです。
セドナの大本の指南書に毎回のように「感情をしばらく感じてみてから・・・」という言葉が入っているのはこの摩り替わりを懸念していたのかと勝手に思っています。

以上、蓋についてです。

 

92 :幸せな名無しさん:2014/03/17(月) 19:57:37 id:yzdM8lJk0

>>91
読解力なくてすみません

>観念の解放は後で落ち着いてから、
イメージングや「なる」をすれば良いのです。

「後」はどちらにかかるんでしょうか
解放してからイメージングや「なる」をするという意味でおkですか?

記憶~観念を消す、あるいはそこに伴っている感情を消す
それからイメージング等により新たな記憶、観念を入れる
こういう順番と解釈していいですか?

93 :1:2014/03/17(月) 22:11:43 id:pgRuSjvM0>>92
>あるいはそこに伴っている感情を消す
それからイメージング等により新たな記憶、観念を入れる
こういう順番と解釈していいですか?

これが言いたかったかったことです。正解です。
文章表現が原因です。これでは誤解を招くのは当たり前です。

訂正
落ち着いてから「なる」やイメージング、はたまた観念の解放などをすればいいのです。

この文章でよくぞ汲み取ってくださいました。逆にあなたの読解力、伝わりました。

94 :1:2014/03/17(月) 23:48:13 id:pgRuSjvM0
瞑想の補足します。

さらっと言ったことを見逃さないとはこれぞ左脳です。
そうですね、噛み砕きます。

思考を止める=頭のおしゃべり(仕事が辛すぎる・・・やっぱり今の職場自分には合わないな・・・そろそろ転職するか・・・そもそもスキル的に転職は無理なんじゃ・・・そういえば友人が転職したけどブラックだったって言ってたよな・・・だいたいこのご時勢・・・)を辞める=不足状態にある自分(職場に不満があって転職したいけどスキルないオレ)を辞める
という意味をこめてました。

五感をフルで使っているとき、これらの思考は湧きません。受け流す状態にあるのは五感の力より思考が勝っているときです。
聴覚なら音楽をゲシュタルト的(何々の曲として)に聞くのではなく、(←これは思考の仕事になります)音符一つ筒ずつを追っていくレベルでないと思考は入り込みやすいです。

 

補足は終了です。

今後に書く予定の質問に対しては、それまでのために落し物をしておきます。

理想の自分との波動の一致について→「毎日追われている」という感覚はのは時間の感覚が過去と未来ありきの感覚であって、今この瞬間には存在しません。「時間の概念」と「現実と幻想」に関わってきます。

95 :1:2014/03/17(月) 23:58:07 id:HLG2JPQM0失礼しました。誤字訂正

音符一つずつ

毎日追われているという感覚は過去と未来ありきの感覚であって

 

100 :1:2014/03/19(水) 00:31:58 id:J4h2Ghq20
補足します


意図を取り下げる=その意図通りの自分でない状態になる=現実確認
つまり意図した結果の自分(理想の自分)との「波動の一致」をずらしてしまっているのです。
現実確認して「なんだ変わってないじゃん」と思った瞬間、潜在意識は「変わってない現実」を注文されたと認識し、「やっぱ変わっていない現実」作りに励むのです。

思考(エゴ)では願望を忘れるなんてとんでもないように感じるのは、当たり前ですけどね・・・


現実を動かすのは何か?と考えると自分(思考)にできることなど何もないとわかります。
現実を動かすのは潜在意識です。
運命の人も、事前に相手にアポとったりして自分でどこどこで初めて出会えるようにセッティングしているわけではありませんよね。引き寄せてるのは自分の知らない見えない力です。


こというのもなんですが・・・
潜在意識への信頼が薄いままメソッドするのは「ほらやっぱり潜在意識は現実なんて変えられない」を確認する作業になってしまいます。
潜在意識を信じるためにメソッドというツールがあるのにこれは非常に皮肉ですが。
どうしても左脳的には、ある程度小さな願望から始めて信頼を構築していく方が逆に近道だという見解になってしまいます。(目覚まし時計無しで朝起きたい時間に目が覚めるように意図したり・・・など)

ちなみに・・・実は思考は単なる「習慣」です。習慣を止めて新たな習慣を身につけるためには、(例えば遅寝遅起きを早寝早起きにするためには)何回も身につけたい習慣を行えば良いだけですよね。身体が勝手に、休みの日でも出勤時刻に目が覚めてしまうくらい。最初はうまくいかなくても。
潜在意識の観点からすると日常生活の苦しい「努力」は不要ですが、(本来、観念の変更でどうにでも楽に変えていけるので)唯一必要な「努力」は潜在意識にお任せする時間を作る(思考を忘れる)ことくらいです。一分から三分に、三分から五分にと徐々に・・・


パラレルワールドのお話、もちろん私の耳にも入っています。左脳分析の大好物です。これは「現実と幻想」に関わりますね。どうしてもこのくらいの抽象的レベルが高い話は後々になってきてしまいますが、今後書きます。

補足終わります。

 

104 :1:2014/03/20(木) 18:08:11 id:MLTw2x720

「現実と幻想」

先に結論を言いますが、現実が幻想か否かはわかりません。死後の世界があるのかどうか誰も実証できないように・・・

>>29で申しましたように、メソッドは「現実は幻想」であると本気で思えたならば、本来の威力を完全に発揮するといっても過言ではありません。逆に言えば「現実は現実」と思ったならばいくらメソッドをしようが、すぐに現実を確認し、現実の結果に左右されることによって「やっぱり自分は貧乏だ」と、意図を取り下げてしまいます。
そのため、「現実は幻想」だと定義した方が有効なのです。ただそれだけです。左脳ですから、考察に限界がある以上こういう冷酷な判断を出さざる終えません。
しかし、あくまで確認できないだけであって、本当に幻想かもしれません。むしろ幻想であることの方が様々な体験談(引き寄せられた!や、問題が改善された!など)と照し合わせれば辻褄が合うことが多いことは事実です。目に見えないものを証明しようとしているため「現実は幻想」という説は体験談によってでしか根拠を支えることができません。さらに言えばそれを信じる人の心の中でしか存在できません。(いくら体験談を聞いたとしても、偶然で片付けたらそれまでです。)UFOと全く同じです。

しかしそれでは納得いかない人が着目する先は必然と量子力学になるでしょう。
前々から話題に挙がっておりますが、「パラレルワールド」というのは、「幻想」まで言わなくとも非常に現実の捉え方を軽く出来るため、それが腹におちた状態ですと非常にメソッドもすんなりと行えます。
先に潜在意識における量子力学を簡潔に説明しますと、
「全ての物質は観察者によって振る舞いが変わる」
ということです。
すごく大袈裟に言いますと、
「炎は熱くない」と本当に思っている人は炎を触っても火傷をしないということです。
なぜなら、「炎は熱くない」という観察者によって、炎が「熱くない」ものとして振舞ったからです。

つまり、「自分はお金持ちだ」という観察者がいたならば周囲の物質はそれにあわせた振る舞い(潜在意識の言葉では物質を引き寄せるということになります)をしなければならないのです。過去は関係ないのです。今この瞬間から観察されたのですから物質は変わらなければならないのです。

本題の「パラレルワールド理論」は「同時にたくさんの世界が存在しており、私たちは毎瞬毎瞬世界を移動している」というものです。移動・・というより本質は上記のように観察者が変わればいかようにもその後の物質の振る舞いは変わるはずなのでまるで様々な可能性を持った世界がいくつもあるかのように考えることが出来るというものです。
さらにこの理論が自分に内在化したとたん、「時間の概念」にも影響を及ぼします。
つまり、過去も未来も存在せず(これらは全て思考によって作られた幻想となります)、存在するのは今だけ。なぜならば、パラレルワールドによって「昨日あったことも無かったことにできる。おまけに未来も変えられる」からです。過去と未来の崩壊です。
例えば、昨日彼氏と別れたとします。しかし別れ話をされたという記憶(彼は私をふった人だという観念)が本当に取り除かれたとしたら次の瞬間彼とは別れていない自分が存在しうるのです。「別れたという事実がない世界へ移動した」ということになるのです。

大袈裟な例題でしたが、もう少し現実味を帯びていうならば
「自信満々な自分」が観察した世界はそれを証明するように物質が変化する、つまり自信に満ちた自分に相応な現実を引き寄せられるってことです。

さらに、パラレルワールド論は葛藤に非常に役に立ちます。
どの選択をしようが、うまくいくってことになりうるのです。
例えば彼女との初デートのプランを考えるとします「明日イチゴ狩りに行こうか、ディズニーランドにしようか」ささいな事でも非常に頭を抱えると思います。つまらない思いをさせたらまずいですもんね。しかし、どっちを選んでもその後の意図次第で結果的にいいデートになるかならないかが決まるので、正直選択内容はあまり関係ないです。

話を元に戻すと、以上のことが量子力学的に「現実は幻想」ということの根拠になります。

結局、以上の理論を聞こうが、体験談を聞こうが「でも自分は違う」と思ったら、それまでになってしまうのですが・・・

今後「叶い易い願望と叶いにくい願望のからくり」について左脳的な考察を書いていきます。

 

116 :1:2014/03/21(金) 22:22:34 id:VjsRcf160 
短い文章な上に(←私に中では比較的に)質問にもあったので先に「時間の概念」について書きます。


時間というのは思考の産物だと前回書きましたが、冷静に考えると本当に「今」しかないのです・・・
例えば高校時代のすっごく恥ずかしいことを思い出したとします。思わず「うわーホント恥ずかしいことしたわー」と当時感じていた感情が大なり小なり湧き上がってくると思います。しかしその感情が湧いているのも「今」ですし、もっと言えば過去のことを思い出しているのも「今」なんです。「今」しか何もできないのです。ただ「過去というものがある」と信じている私たちの頭の中でしか存在できないのです。前回のUFOの件と一緒です。つまり潜在意識の探求をするということは、信じているものを歴史的且つ革命的に変えようとしていることなのです。時間や現実の概念を取り出して、潜在意識の存在を変わりに入れようとしている最中なのです。ですからなかなかうまくいかないのは仕方がないのです。少しずつで全然構わないのです。
潜在意識関連ではよく耳にする「全ては完璧だ」という言葉はこの「今」だけに焦点を当てた時、その意味がわかってくると思います。
仮に全てが完璧な状態だったとしたならばと想像してみます。その後どうなって欲しいでしょうか・・・全てが完璧な状態だとしたら・・・・答えは一つ。「この状態が永劫続くこと」ですよね。「ずっとこの状態でもいい」と今この瞬間思えたならば、完璧な状態と今は「完全に一致」になります。ただ、思考によって「未来と過去」が入り込んでくると一瞬でこのままではいけないという思いに変わります。
「過去にあんな業績を残した自分は頭悪くてトロくて・・・こんな自分ずっと続いちゃだめだ」
「未来は何が起こるかわからないからもっと貯金しなきゃ!今のままじゃ足りない、だめだ」
なかなか「完全に一致」は難しくなります。
これが「思考を止めろ」「今に生きろ」という言葉による耳タコ現象が起きる所以です。過去の文章にも再三出てくる「現実を確認しない」は現実の概念の崩壊を導き、「今」という生き方は時間の概念を崩壊してくれるのです。
たしか・・・「今今メソッド」なんていうのもありますよね。時間の概念が崩れていけばこのメソッドもかなり強力なものであることがわかります。
すごく核心に近づいてしまうことを言ってしまいますが「永劫続いてもいい状態」というのは決して「超幸せ!!」の状態ではないのです。なぜなら、「超幸せ!」は過去と対比して起こることだからです。もう少し後にこれについて詳しく書いていきます。

 

122 :幸せな名無しさん:2014/03/23(日) 15:19:42 ID:1TSdTFeY0

今までのスレ主さんの一連のお話何回か読み直して、よく分からなくなった部分があります。
長くてすみません><


「感情はただのエネルギー」、確かに、楽しい・嬉しい・面白い!といった感情も、気づけば
消えてしまう。私はこれらの感情を味わう時間が長いほど、また回数が多いほど幸せなんだ
と思っていました。

ですが、ある種類のエネルギーを幸せとしてしまったら、消えてしまうものを常に求め
続けなくてはいけなくなる。なんか儚いと。自分の今までの幸せの定義が、よく分からなく
なってきました。

そうなると「幸せが先=現象が後」の部分。その幸せって何なのでしょうか。今までだと
叶ったときの感情を先取りして味わうでしたが、それはもはや幸せではなくただの刺激
なのではと思ってしまうのです。

「理想の自分になったのなら、理想の自分を振る舞おうとはしない。ただ目の前のことに
集中しているだけ」「意識していない時間は立派な現象化」「ただフツーに過ごしてる」
「目の前のことを淡々とこなしている波動は、理想の自分に完全に一致している」。
結局全てがあるは、刺激的でもなくなんというか、ごくごく普通の日常。

私が今まで時々実践していて続かなかった、叶った感情を先取りって変ですよね?
だって叶った後も今も特に変わらない。

「幸せが先」って感情だと思っていましたが、もしかしたら観念のことだったのかと。
例えば、自分に自信があるとか、私は運がいいとか、私は美人とか。
そこにワクワクだとか刺激がある訳でなく、幸せがあるわけではなく、ただの新しい
観念を現象関係なく先に持とうみたいな。

「観念が先=現象が後」ってことなんでしょうか。

「感情がただのエネルギー、観念は記憶のようなもの、思考(エゴ)は習慣」と表現されて
いますよね。幸せって、感情ですか?観念ですか?思考ですか?
それとも、この感情・観念・思考に左右されないところにあるものが、幸せなのでしょか。

「幸せが先=現象が後」がよく分からなくなってきました。今後のお話の中でふれて頂ける
機会があれば嬉しいです。

あと、以下の項目も楽しみにしてます!

 

>たまに「一瞬にして大金得たぞー!!」という反応を見かけますが、(後々に繋がるので
>すが)、波動的には大金得て喜ぶのは欠乏意識があるからなので、その後また同じよう
>な欠乏を味わうケースが多いです。

>本来メソッドは、「今この瞬間を気持ちよくする(不足を忘れる)」のために存在しているん
>です。(今後詳しく書きます。)

>ポノポノやセドナのの「良いことも積極的に解放しましょう」という謎な発言の解明に繋がる
>んですがそれはまた後日で。

>すごく核心に近づいてしまうことを言ってしまいますが「永劫続いてもいい状態」というの
>は決して「超幸せ!!」の状態ではないのです。なぜなら、「超幸せ!」は過去と対比して
>起こることだからです。

123 :幸せな名無しさん:2014/03/23(日) 20:05:27 ID:6UpcvPSc0

少し便乗しちゃう。

よくあるその叶ったときの感情を前もって
味わうってやつ。例えば願いが、
花粉症が治る、元気な自分だとする。

その時の感情を味わう…。元気が一番、
快適だ、楽しいな、なのかなぁ?
ってか、感情と現象ってイコールなのか?

なるとか、既にあるって、思うんだけど
感情いっさい関係ないよね?ただ、自分は
こうです以上みたいな。観念に近いの
かなって。ほら、自分は花粉症っていう
記憶、観念があるから花粉症っていう。

ってことはだよ?1さんが言うように、
潜在意識への信頼を高める思考(習慣)を
少しでも長く、それを拒むような感情
(不安恐怖など)は力がないとほっとくか、
強ければ感じる。そのうち消えるから。

あとは観念。もう事務的だよね。感情も
思考も関係ない。私は元気、終了。あとは
目の前のことのみ、普通に生活。

現実確認してしまったら、あっ今までの
習慣だって気付く。感情でたら上と同じ。

叶うイコール幸せ
ではないなら、もうただの事務作業みたな
感じでいいよね?どうなんだろ…。

124 :1:2014/03/24(月) 18:57:20 id:ZBkcvyHg0

勝手に湧いてきた補足です

「現実を確認しない」=「現実を直視しない」
ではありません。

すごく微妙なニュアンスなのですが、現実を確認するということは「ちゃんと変化してるかなー」と意図に対してのチェックを入れることであり、「目の前のものが本当は起きていない」と思い込むことではありません。現実は幻想かもしれませんと再三言っておりますが、そうかといってその対応ですと左脳的に分析しても抑圧に繋がる可能性が非常にあります。

例えば、体のどこかが痛いとします。そこで「なる」の「健康な自分」になったとします。
しかしまだ痛いとします。その時「もう健康になっているんだからこの痛みは本来起きていない」とすることは俗に言う「蓋」です。それはこの瞬間確かに存在している「痛み」とそれにまつわる「病気かな」「ずっとこの状態が続くのかな」という不安エネルギーを直視していません。もちろん、いちいち「はい、認めました」とやらなくてもいいのですが、現実に左右されないために現実を無かったことにするというのは何度も言いますが、蓋です。
この場合、メソッド本来の心の持ち方は「今痛いことは痛い。しかしそれと私の体が健康でないということとは関係ない。」「今痛いことは痛い。しかし痛みの記憶は消去されている」といった感じです。きちんと現実は見ているけれども現実が動いているかの確認はしていませんし、痛みによって「私は健康」の意図を取り下げていません。
「現実を気にしない」のとはニュアンスが違うということが伝わればいいのですが。

125 :1:2014/03/24(月) 19:43:54 id:ZBkcvyHg0

>>122
>>123
とてもお気持ちはわかります。現在感じている疑問は、「両極性の法則」についてに大きく関係しています。クライマックス的な要素を含みますのでどうしても文章化するのが後々になってしまうのですが、そのもやもやに対して今言えることは「察しの通り」です。
 とても絶妙なタイミングでの質問です。実は前回までは「願望実現のノウハウ」としては頂上でした。今までは登り坂を示しましたのでここからは下り坂になります。そしてまた一番最初の地点に戻っていきたいと思います。

「叶いやすい願望と叶いにくい願望について」

 いくら潜在意識が全てをつかさどっていたとしても、どうしても超えにくい壁、超えられない壁というものがあります。それは「抽象的さを欠いた信念」です。いきなり強烈な例を出せば「人間は空気を吸わずに生きられる」「人は飛べる(何も使わず)」といったものです。人によって差がありますが、もっと身近なものですと「顔の形が変わる(自然に)」「復縁できる」が超えにくい壁になっている人が多いと思っています。さらに言うと、「今この瞬間かなえる類のもの」は試したことのあるほとんどの人は無理だと思っています。もちろんこれらの願望を叶えたことがある人もいるのは事実です。
反対に抽象的な願望というのは「自分に自信が持てる」「異性にモテる」「好きな人と幸せになる」のようなものです。
「顔の形が変わると思いますか」という質問と「自分に自信が持てると思いますか」という質問、どちらの方が物理的に可能性が高いと思うでしょうか。
 「傷が治る」を意図したとして、意図を取り下げる行為である「現実を確認する」を絶えずしたとしても傷は治っていきます。それくらいにメソッドとは関係なく、私たちの当たり前とされている信念(傷は治るもの、など)の払拭は難しいのです。
復縁で考えて見ますと、「自分に冷めてしまった人と再びラブラブになる」のと「新しい人とラブラブになる」のはどちらが可能性高いと思うでしょうか。前者の衝撃が大きければ大きいほど後者の方が叶いやすいと思ってしまうのはごく自然なことです。もちろん「別れこそ相手のありがたみが再度確認できる」と心底思っている人は反対に復縁の可能性は十分考えらると思いますが。
以上のように、願望よりも信念のブロックが大きいものはどうしても難しくなってしまいます。

しかし潜在意識は全てを知っています。なぜ復縁がしたいのか・・・もちろん現時点ではその人ではないとありえないと思っているのでしょうが、「執着」が判断の邪魔をしているだけで本当は「大好きな人とラブラブに過ごす」ことだったり、その元彼が自分のステータスだったら「自分自身に自信を持つ」ことだったりします。そういった目先の願望は、もう一つ踏み込んだ奥底の願望が叶えば関心が薄れますから潜在意識はそこに焦点を当てます。もともとあった願望が薄れていくことは果たして「願望が叶わなかった」状態でしょうか。
潜在意識は叶え方もベストなものを運んでくれます。仮に「顔の形が変わる」を意図したとしても、「顔が自然に変わる」という事例を引き寄せて、叶えやすいレベルに持っていくかも知れませんし、顔とは全く関係なく他のことで自分に自信が持てる機会が与えられるかもしれませんし(結果的に顔への関心が薄まる)、自然と自分の気持ちが「この顔でも全然いい!(好きな人から『その顔が好き』と言われたりして)」と思えるように変化するかもしれませんし・・・
潜在意識は必ず解決の道、満足の道へは誘ってくれているのです。

例えば、仕事がしたくないので「今この瞬間」にお金持ちになることを意図した人がいたとします。この場合、「お金は湧いて出てくるものではない」という強力な信念がありますのでお金の入手ルートは稼ぐか宝くじを当てるかまたは誰かがくれるか印税か・・・人に差はあれど、こちらの方が本人にとって信念の妥当性は高くなります。さらに潜在意識は奥底の願望(今回は「仕事が好きになる」だったとします)を知っていますので転職の誘いが来たり、仕事に対しての見方が変わるような本に出会ったりと、そこを焦点に現実を動かしていきます。結局この人は仕事がしたくない訳ではなく、今の仕事が嫌いだっただけとわかります。こういった自分の心と深く対面しないと気づかない願望に気づかせてくれるのも潜在意識の働きです。
それが焦点を「お金が今この瞬間現れること」に固執していると、どうしても現実確認をしたところでお金が出る気配がなく、「潜在意識なんてやっぱ信じられない」という新しい観念を生み出してしまうのです。

 

136 :1:2014/03/27(木) 11:09:10 id:cXJOPaeQ0 

メソッドの登り坂の説明(前々回の時間の概念」まで)では最終的に量子力学を踏まえて、ある願望があったときのメソッドの有効な方法(実際出来るできない関係なく)を書いてきました。ずっと理論的に話していると見落としがちなんですが、本来は何も考えず「全部完璧!本来何をしたって良いんだよ!自分が創造主で全部思い通りだから!」という羨ましき感覚でいられることが一番だと思います。
ここでは敢えていろいろ分析していますが、目的は感覚的な人と照らし合わせてみて、「何故全てOKといえるのか」の裏づけにすることです。なので今まで私が色々話していたことは本来、感覚的な人にとっては

「何したってOK!だって絶対うまくいくんだもん!」

の一言で説明つきます。何をしたって、というのは嫌な感情に支配されようが、自暴自棄になろうが、行動しようがしまいが、究極的に言えば「蓋」をしようが、なんでもOKなのです。メソッドもいりません。しかし、やりやすくて無理しない程度のメソッドならば特に究極的を目指さなくてもそれと共にあればいいのではと思いますし、「蓋」に関してもなんでも上手くいくなら逆に感じ切ってしまったり、目の前のこと素直に認めてしまった方が楽です。涼しくする手段があるならば(絶対上手くいくならば)、明らか気候が暑いのに「暑くない」と思い込んでそこに心理的ストレス抱えるより、「暑いねーじゃあクーラーつけようか」(次の瞬間涼しさを選択する)でいいと思います。「暑いと感じたら次も暑い現象が起きる」と思い込んでいるのだったら、それはいかに自作自演かということがわかります。あくまでこれは極論ですが。つまり、「次の瞬間は自分が決定している」のです。それが俗に言う「選択しなさい」ってやつです。
 そこで、「選択」というと「毎瞬毎瞬、理想の自分を選択したことを意識するのか」となりますが、それをやることで疲れることなく今満たされるならばいいと思います。ただ大抵の人は「今の自分が不満足だから」それをすると思います。
「今のことに集中」「何もやらなくていい」というとなんだか動かず雑念なしの修行みたいなイメージになりますが、「今やりたいことをやる」というのを詰まるところ言いたいのです。「未来の不安、過去の自分の否定からくることを何もやらなくていい」ということです。

すると、メソッドをやりたいという人は必然と「そのメソッドが好きだから、気持ち良いから、自信がみなぎるから」というメリット以外でする意味が見つけ出せません。それ以外の理由でやるメソッドは義務であり、「未来か過去を意識しているからやっている」ということになります。つまり、そのメソッドをやる瞬間「問題を抱えている自分」を選択しているということになるのです。

「自分が何をしたって上手くいく」と本気で思えるか。そこが潜在意識を知った人に課せられた唯一の課題ではないでしょうか。(←この表現は自分を縛ってしまいそうですが、もちろん「本気で思えなかった」ということすらOKってことになります。「自愛」が人気且つ強力なのがわかる気がします。)
次の瞬間を自分が決める。上手くいく過程だったと決める。するとそれは本当にそうなりますよという話です。

>>122さんの質問のように「幸せ」という概念を含めるとまた違った話になるので、それをこの後「下り坂」として書いていこうと思います。

一応おさらいしてみましたが、「じゃああれはどうなのか、この場合は違うんじゃないのか」
というものがあったとして、それが「何をやっても上手くいく」の感覚的な原点に振り返っても説明付かないようならば残念ながら私の分析キャパオーバーとなります。

 

146 :1:2014/03/29(土) 00:44:11 ID:5FnNR1Oo0

「クレンジング系のメソッドと「なる」などの先取り系メソッドの共通点」
今後はほとんど願望実現には触れない予定です。(本気で叶えるためだけならば理論的に考えて今まで書いてきたこと以外はないと現時点で思っています。)
願望実現ではない違う視点からメソッド(潜在意識の活用)の意義を見ていきたいと思います。

「本当の自分を見つける」という言葉も耳タコだと思いますが、言っている人によってはその意味が違ってきます。本当にやりたいことを見つけるだとか、好きなことしかしないだとか、キャラクター診断みたいなもので自分の性格を知ることがそうだとか。
 潜在意識でいう本当の自分を見つけるためにすることは、詰まるところ「観念外し」になると思います。メソッドをつかっても良いですし、「認識の変更(簡単に言いますと、自分が創造主であることを認めることです)」をすれば自ずと観念は外れていきます。

今回はメソッド重視で見ていきます。
「観念を外す」という言い方から、それが出来るのはクレンジング系のメソッドだけだと思っている人も多いかと思います。それゆえメソッドを掛け持ちしないといけないのではないかという発想に繋がる人もいると思います。「『なる』やってるけど観念消さなきゃ意味無いんじゃない?」といったように。

例えば「女性なら女性らしく振舞わなければいけない」という観念をもっている人がいるとします。
クレンジング系はそのままその観念を消せばいいのですが、
「自然体でもOKな自分に『なる』」でも、好きなように振舞えば(女性らしく振舞おうとせず)逆に好感もたれるなどの現象化が起きて、「なんだ、自分で思い込んでただけか」と自然と観念は消えていきます。
現時点で貯金が少なくても「お金持ち」の意図を捨てないということは、今までの「今、貯金が少ないんだからお金持ちになんてなれるわけ無い」という観念から「そんなの関係ない」という観念に自然と上書きされます。

やり方は違えど目的は「観念を外す」の一本道です。(正確に言えば観念の塗り替えですが)


 自愛はどんどん自分を許していくので比較的「悪いはずだ」と思っていることの観念外しに有効だと思います。
セドナメソッドでは「罪悪感」をもつことは、潜在意識に「そんな悪いことをしたから今後来るであろう罰(バチみたいなもの)から身を守るために抱く感情」(言葉は正確ではありませんがニュアンスはこのような感じです。)といっています。つまり、罪悪感自体はエネルギーなので関係ないですが、根底に「悪いことしたらその制裁を受ける」という根強い観念を大抵の人が持っているようです。私もその通りだと思います。「バチが当たる」は自分で勝手に引き起こしています。そしてその現象化を元に今後も繰り返さないよう、どんどん自分を裁いていっているのです。そして裁く項目が多くなれば(~ねばならならない、~であるべきだ、が多くなれば)それだけ自分も負荷が大きくなり、自分が勝手に作り上げた望ましい行為からはみ出すことが多くなります。そして、はみ出した度に自分を責め、自分自身のことが好きではなくなるのです。
この真逆の行為が自愛です。何をやっても案外大丈夫なものだと現象化を通して教えてくれます。すると責めることがないので、自然と自分を好きになるのです。
 自分のやりたいことを素直に出来るのも自分を好きになる大きな要因なので、自分に禁止事項ばかり負荷していくと自分が自分ではないようななんとも嫌な感じがすると思います。終いには理想の振る舞いを取れない場合「こんな自分では未完成だから」と別の誰かになりたがったりもします。


観念を外すとは自由になることであり、その自由に行動することが先ほども申しましたように自分を好きになることになり、結果「本当の自分」というものに出会えたということになるのです。
本当の自分ではない状態とは、観念にまみれて、その観念から見て正しいか正しくなかで生きて行く非常に窮屈な状態ということになります。

 

167 :1:2014/04/01(火) 21:07:22 ID:/yBF9m1Q0

補足します。
潜在意識は「信じたものを見るように現実を創造する」ので、感情を処理したらそれに関連する観念も消せると思ったら消えます。それは感情を消しつつ同時に観念を消すことを意図しています。
セドナではざっくり言ってしまうと「感情の解放をすることによって人生が好転する、観念も消える!」という意図を意識下で促しているのです。なので「感情を解放したら悪いことが起きる」と思ったらきっと起きると思います。
しかし、反対に言えば「何もしなくても今恐れている事は起きない」と意図すれば起きないというわけです。
 感情を解放する本当の利点は、「嫌な感情は感じ切れば消えるんだ」という実体験を味わえることによって嫌な感情が湧き上がることに対しての怖れが格段に減り(防衛が必要なくなり)、以前より自由に振舞えるというところにあると思います。これは観念を消さなくても感情の解放だけで粗方満足感が得られる所以です。
ただ、>>10でも書きましたがクレンジングは「自分を浄化する」というストーリーがあるので、「自分の心の中にあるものを解放していこう=自分のなかに色々ブロックや解放してない感情がある」の公式が自然と成り立ってしまい、メソッドに意気込むと実際解放しても解放しても「自分の中に何かある」を無意識に意図するので「解放するために生きていく人生」になってしまうのです。

 

191 :1:2014/04/04(金) 22:56:28 ID:7wex0EYQ0

補足というよりむしろ番外編です。

「他人はいない」
「現実は幻想」または「自分が創造主だ」という考えを採用すれば、「じゃあ他人って何?自分の創造物?」という気持ちになるのは当然ですし、そうでなければ辻褄が合いません。それゆえ「他人はいない」と言ってしまっている人もいます。ただ>>104「現実は幻想」と同様、これは本当かどうかはわかりません。これも、「メソッドしたら相手が別人のように変わった!」など、実際そう思わずにはいられない現象が多数あるため、採用する価値はあると思います。

なぜ、自分が変わったら相手も変わるようなことが起きるのか。
何度も言いますが、潜在意識は信じたものを見るように現象化を創造しますので「他人がいない」と本気で信じたならば「やっぱ他人も自分で創り出してるな」と思うような現象ばかり起きます。シンクロニシティなんかが続くとそう思うのではないでしょうか。
例えばお寿司が食べたいなと思っていたら「相手がお寿司たべたい」なんて言い出す・・・会社辞めた途端に知り合いから会社起こそうなんて言われる・・・そんな引き寄せが続けば、自分の都合次第で相手が動いているように思えてきます。そして自分が相手を創造していると確信していきます。なので、そんな人にとっては「他人はいない」は紛れも無い事実となっていきます。もちろん、本当に他人はいないかもしれませんが。

「他人がいない」「世の中はワンネスだな」「他人とは意識下で繋がっているな」と同様、「やっぱ他人はいるな」も意図すれば現象化(そう感じざるを得ない現象に出くわす)します。
「信じたものをみる」この一言につきます。
どちらかと言うと「他人がいない」といっている人は「他人がいないと仮定したらどれだけ楽か」というニュアンスを含んでいると思います。
「他人がいない」を採用するメリットは、他人の批判は自分が創り出したことになるので全てが自分へ投げかけたい言葉となり冷静に受け止められます。「批判される」という概念が無くなるので人に対する怖れが全般的に薄れます。
例えば
「大切な人を失う」という概念も他人はいないので(自分の創造物なので)「自分が次の幸福のために離れさせた」とすることができます。
「相手に傷つくことを言ってしまった!」としても他人はいないので、「でもこれは結果的にいい展開の伏線になる」と決めてしまえばそうなります。
これら、もし「他人はいる」が前面に出ていたら、両者の気持ちはどうなるの?とかなんやかんやで「うまくいく」という意図を取り下げまくることになります。

本当は「現実は幻想」という概念の中に「他人はいない」ことも包括されているのですが、「他人がいない」を採用してからでないと「現実は幻想」と思いにくい場合もあるかもしれないので補足してみました。

192 :1:2014/04/05(土) 10:23:21 id:cKGuNlKg0

ちなみに、私はこのスレに書かれていることは全て隈なく読んでいます。
補足、または予告が無いということは前にどこかに書いてあるという意味だと捉えていただきたく思います。さらに他の方がレスしていることが、さらに噛み砕かれていてとてもいいと思うので「妄信的になるのではなく」、心に響いたもの、なんか気づいたと思ったこと、やってみようと思えたものだけを取り入れるといいのではないかと思います。(成功したと思える人だから信じるのではなくて、ただ純粋に取り入れたいと思ったことだけを。)
ある人にとってはコーヒーを毎日飲むのは健康に繋がるのが、それを真似してある人がコーヒーを頑張って毎日飲んだら体質的に合っていなくて病気を誘発することがあったりという感覚に似ています。無理して何かを取り組んでいたらネガティブアラームです。

以前も言いましたが、メソッドしてもしなくても良いんです。本来ならメソッドいらないはずだからと、メソッド辞める必要はありません。普通の人よりも何か「おまじない」してる人の方がなんか強い力発揮しそうな気持ちもありますし。とにかく今、気持ちが楽になれるならなんでもいいです。もちろんなれなくても問題はありません。

193 :1:2014/04/06(日) 18:34:18 id:uxW3drmg0
意図について補足します

「意図する」をセリフにすると「○○ということを現象化させたいけれど、私自身ではどうにもならないからもう一人の私にこの注文をお任せする」

よく言われている例えを用いるならば「ネットで注文したから後は自宅待機」(申し込んだとき、手元には無いけれどもう手に入れた感じはありますよね)です。

例えば
「良い事があって有頂天になると、必ず何か悪いことが起きる」という経験を一度でもした人は、知らず知らずのうちに良い事が起きればカッコの中のような流れを「意図して」しまいます。
おそらく一番初めの経験は小さい頃に読んだ物語(いいことがあったと思いきや悪いことがあったり)に影響されているか、同じような経験をしてきた親に注意されたことなどと思いますが。
それを、「良い事があって有頂天になったって別にいいし、その後悪いこと起きることとは関係ない」という人生を生きることを決意し、後はその現実造りを潜在意識にお任せするようにすればそういった現実を見るようになります。

194 :1:2014/04/06(日) 20:43:37 id:uxW3drmg0

両極性の法則

「幸せ」の定義は万人共通のように思えますが、ごく一般的に考えられている「悟りの境地」では全く違う意味を表します。思考をカラッポにしている状態が「永遠の平和」と呼べる究極の幸せだとしているのです。つまり瞑想状態の時です。(以前も書いたように五感にただ集中している状態も瞑想です。)
いわゆる悟りということを成し遂げた人にとって一般の人が感じている「あー幸せー!!」は単なる「刺激」でしかありません。そういった幸せは過去と未来という時間、他人や自分というものがある前提の思考でこそ成り立ちます。
例えば、
給料が上がって「嬉しいー!幸せ!」というのも、過去に少ない給料を貰っていた事実があるから感じられるものですし、
彼氏から褒められて喜ぶのも私以外の他人がいると思っているからですし、
何かを成し遂げて味わう達成感も困難なものほど強力なものですし・・・
こうやって時間軸があり、他人がいて、マイナスのものがあって「幸せー!!」は生まれるのです。
クレンジング系メソッドがなぜ「ポジティブな感情」も解放しなさいというのかというと、ポジティブとネガティブは二つで一つだからなのです。私たちはいいことと思えることが起きるとその感情に対して「執着」を生み出し、また味わおうとします。
しかしポジティブな感情を味わうためにはネガティブが必要なのでポジティブを味わう現実を創造することとはネガティブな感情を味わう現実を創造することとイコールになってしまうのです。
例えば、遠距離恋愛中のカップルが一ヶ月に一度デートします。その時はもちろん「ずっと毎日一緒に暮らしたい」と思っているでしょう。そして念願の同棲となり、毎日一緒に暮らせることになりました。最初は幸せですが、その幸せは上記の通り「刺激」なので同じ日々が続けば段々と薄れていきます。
しかし遠距離中の一ヶ月ぶりにデートした気分の高揚やラブラブな状態に執着していたとしたら・・・もしあのときの感情を何回でも味わいたいと思いが強かったら・・・
恐らく潜在意識はちゃんとシチュエーションを用意してくれます。
あのときの感情を再び感じる方法は簡単で、遠距離中と同じくらい不安や枯渇状態になればいいのです。自分の元から離れていってしまうんじゃないのか、相手は本当に自分のことが好きなのか、誰かに奪われたりしないのか、最近会えないな(これは同棲しているのでなかなか無いと思いますが)・・・そんな不安を持つことで恋愛というのは燃え上がります。
よって潜在意識は恋人を、何考えているかわからないミステリアスな人に変身させたり、相手が他の誰かを好きなのではないかと思わせるようにしてきたり、あの手この手で不安作りをします。または、他にまたドキドキさせてくれるような人を現せたりします(結局新しい人と同じことを繰り返すことになるでしょう。)
相手のことがわからない!なんか別の恋人の影が見える!なんか他の人が好きになってきちゃった!というのも執着を満たそうとしている結果です。(もちろん人によって事が起きる理由は違うのでこの例えに関して言えば・・・という意味で書いています。)
この例を全てのものに応用して考えると、私たちはいかに願望が叶っていて、その途中経過(マイナスなこと)に振り回されて意図を取り下げていることが多いかわかると思います。
両極性の法則の観点からすれば、不安も怖れも困難も全くない、究極の平和や幸せを求めているのだとしたらそれは永遠と瞑想をしなくてはなり得ません。時間も他人も無く。結局オポノポノも毎瞬毎瞬クリーニングと言っていますし。

しかしそんなことわざわざこの世に生まれてきたのにしたいと本当に思っているでしょうか。

もちろん認識の変更によって恐怖や不安を和らげることは出来ますが、一切ネガティブを感じないようにするのは、同時に幸せ刺激も感じないようにしているのと一緒です。

潜在意識の「悟り」とは自分が創造主だと理解した後、困難や不安や怖れも「この世で色んな感情を味わうために必要なスパイスなんだ」と自ら受け入れていくことです。
願望を達成しても幸せな感情を感じ続けたかったらまた新しい問題を作り出すでしょうし、執着しなかったらしなかったで特に「幸せー!」という気持ちではなく、息を吸うことと同じようなレベルでそれが当たり前になっていきます。そんな平坦な生活がずっと続きます。

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